野村克也さん逝去

皆さんこんばんは。

本来、今晩は香港のことについて書くつもりだったのですが、 昨日、ヤクルト、阪神、楽天の3球団で監督をなされ、4度のリーグ優勝、3度の日本一に輝いた名将野村克也さんの突然の訃報に触れ、どうしても皆さんにお伝えしたかったので、よろしければお付き合い下さい。

私が子供だった90年代初頭、ヤクルトと言うチームは1978年の初優勝以来優勝から長く遠ざかり、Bクラス常連のチームでした。前任の関根監督の下、池山、広沢の2枚看板が活躍し、のびのび野球で、生え抜きを重んじる家族主義経営の球団でした。そこに勝つために外部から招聘されたのが野村克也氏でした。監督に就任すると、

努力に勝る天才は無し

と教え、弱者が強者に勝つためには、配球を読む、相手を分析し嫌がることをやるなどの戦術を徹底させ、選手に勝つ味を覚えさせると、みるみるうちに選手たちの目の色が変わり、就任2年目にAクラス、3年目にはリーグ優勝、4年目には、当時全盛期だった森祇晶氏率いる西武ライオンズを見事倒し、ついに、日本一に輝きました。就任前に1年目に種を撒き、2年目に水をやり、3年目に花を咲かせるといい見事に有言実行を果たしたのです。弱者が強者を倒す。この痛快な展開は、強いものが勝つとは限らないと自らの行動でもって体現し、当時、普通の中学生だった私は、何事もやってみなければわからないと勇気づけられたものでした。

特に、3年目と4年目に行われた西武ライオンズとの球史に残る死闘(通算成績は7勝7敗の5分)はキャッチャー出身の野村、古田師弟コンビ対森、伊東師弟コンビの代理戦争として、一球もおろそかにできない、緊張感あふれる戦いとして、広く知られており今もファンの語り草になっています。詳しくはスポルティーバのリンクとYouTubeをご覧ください。

https://sportiva.shueisha.co.jp/smart/search_keyword/?SearchWord=伝説となった日本シリーズの記憶&cx_refAction=cxKeywordLink

野球界での実績もさることながら、野村克也氏の偉大なところは、野球人である前に一社会人であれと、野球を教えるだけではなく、選手の人格形成を指導したことです。これも野球選手は引退してからの人生の方が現役時代よりも長いと言う自らの経験から後進のことをおもんばかってのことと思います。

テレビではよく憎まれ口を叩いていらっしゃいましたが、照れ隠しであり どこか言葉の端々に優しさのある方でした。これもお父様を戦争でなくし、ユニフォームもグローブも買えない極貧生活の中、いつか母親に楽をさせたいと言う一心で頑張り夢を叶えた方でしたので、人の痛みが分かる方だったからでしょう。

生前、野村克也氏はこのようにおっしゃりました、

財を遺すは下、仕事を遺すを中、人を遺すを上とする。

組織で部下を持つ者として、大変この言葉に感銘を受けました。

そのお言葉の通り、野村克也さんの遺した教え子たちが、現在、野球界の屋台骨を支え、後進の育成に当たっています。

昨日、残念ながら、野村克也さんの肉体は滅びましたがその教えは今なお満開の花を咲かせています。その偉大な足跡は同じ時代を生きた人々の心に永遠に生き続けるでしょう。

私も野村克也氏の教えを肝に銘じて、これからの人生を精進していきたいと思います。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

最後に当時小学生だった克則くんの作文を聞く
優しいお父さんのお顔をされた野村さんのお写真
NO IMAGE
最新情報をチェックしよう!
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。